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おばあちゃん

おばあちゃん

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Risako Itokawa

訳:Reyna Chukada

写真 : Audrey Gretz

幼いころおばあちゃんはよく言っていた。女の子に仕事はただひとつ、きれいでいること。

姿勢を正しく、でも目立ってしまわないようにまっすぐ過ぎず。相槌を絶やさず、いつも笑顔でいること。手は膝の上。話しかけられた時だけ応えること。つまり、花びらのように可憐に、美しくいること。痣やニキビ、さかむけがあればおばあちゃんはひどく心配した。彼女の教えに背くからだ。

おばあちゃんは言った。女は従順であること。クラス劇の指揮や主役を務めるものじゃないし、会議ではお茶を出すこと以外の役目はない。そして何より大切なのは口答えをしないこと。「レディが意見をすることは無礼だ。」彼女はいつもそう言っていた。つまり本当は女の仕事は二つ、ということだったんだと思う。美しくあること。従順であること。そして私もそう信じていた。

私は人見知りだった。授業中先生にあてられても発言ができなかった。トイレに行くのにも許可を得て、待てと言われたらいつまでも健気に待っていた。ずっと待っている私に気づいた先生は慌てた様子で説明してくれた。少しの間待てといったつもりだったらしい。私にはわからなかった。言われたことに従ったつもりだった。

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美しくあること。

従順であること。

私はよく言って平均くらい、決して秀才ではなかった。グループのプレゼンテーションなどで指揮を執りたくともとれないし、思いつくアイディアは先に他の人に提案され却下されるようなものしか考えられなかった。私はクラスの隅で静かに座り、決まったことに喜んで賛同した。

しゃべることも苦手だった。スピーチやプレゼンテーションならまだ事前に準備したものを暗記できたからましだった。でも日常会話ではそうはいかない。台本なんてものはなく、次に何を話せばいいのかわからなくなってしまっていた。おしゃべりな人であれば一方的に話しているの相手に相槌と笑顔を返せばよかったし、それで誰も不愉快な思いはしなかった。しかし、初対面の人が自分と同じように緊張しいだとそうはいかなかった。

「英語専攻?」相手は緊張した様子で始める。

わたしはおばあちゃんから教わった通り微笑み頷いた。毎晩鏡の前で練習したように。

「そうか、えーっと。俺は政治経済を専攻しているんだ。」

私はまた笑顔でうなずいた。おしゃべりな人によく気に入られたのはなんとなくわかってもらえると思う。

そんな私をおばあちゃんは認めてくれた。中学生に上がる頃おばあちゃんは私に一人前のレディになったわねと言ってくれた。嬉しかった。とても上品な気持ちになった。もう一度レディと呼ばれるためなら、字の練習でも、髪型の研究でも、なんでもしようと思った。

「レディであるということは内面も、そして外面も美しくあることよ。」おばあちゃんの言葉を思い出しながら髪の毛をお団子にしてピンで留めた。

女の人生のゴールは結婚だとおばあちゃんはいつも言っていた。温かい幸せな家庭を手に入れるために安定した職のある男性をさがすこと。女が働くのは結婚資金のため。結婚をしたら仕事を辞め、旦那に尽くすもの。私はいい男を見つけ、子どもを立派に育て、幸せをつかむと約束した。しかし現実はそうはいかなかった。

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それはありきたりなラブストーリーだった。悲劇的でも、ありきたり。男女は出会い、女が真剣になりすぎてそれを重く感じた男が逃げる。残念だがそれでもありきたりな話だ。今となってそう思えるのかもしれない。

あの政治経済を専攻していた彼にたくさんの自信を与えてあげた。彼もしゃべることは得意ではなかったが、意見しないでただただ笑顔でうなずく従順な私に彼は自信を得たのだと。彼は頭が良くて優しかった。だから、今までにない自信で告白してくれた時、付き合うことにした。正直言うとあの時私は焦っていた。おばあちゃにまだ誰も紹介できずにいたのだ。

彼と出会う前は、男の人とデートに出かけても、いいなりな女にすぐに飽きられてしまい付き合うまでに至らなかった。

打って変わって彼はそんな私を気に入った。普段弱気な彼だが私といるときは自信に満ち溢れていた。授業をさぼろうが外食しようが私はいいなりだったからだ。私は彼をほめたたえた。普通の人だったらゴマすり野郎だと思うか、ただ単に気味悪く感じるところを彼はそれを喜んだ。

「男に自信を持たせることが女の役目よ」

おばあちゃんの言葉が脳裏に浮かんだ。

彼は私になら何でも話せると言ってくれた。いろんな話をしたが、ほとんどが政治的観点の話だった。政治に関して無知な私には初めて聞くことばかりで、反論も質問も議論もすることはなかった。彼が喜んでくれると思い、私は時事問題について勉強をした。彼は喜んで私の「美人局」の読みを訂正したり、政府ではどれだけ汚職が蔓延っているのかを延々と説明した。私は興味津々で彼が言ったことをしっかり記憶に書き込み、夜帰宅するとその日教わったことを復習のためにすべてリサーチすることが日課となった。

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そんなある日、私は彼が教えてくれた情報に誤りがあることに気づいてしまった。

1997年にティモール・ギャップ条約が施行されたと彼が言ったのをはっきりと覚えていたが、ネットではそれより6年前に施行されたと記載されていた。そのことは興奮のあまり単純に間違えてしまったのだと思い、気に留めなかった。

しかし、次に見つけてしまった間違いは言い訳ができないほど事実と異なっていた。日付は合っていたが、彼が言っていたクーデターの最中に大統領を支援した人々の名前はなんと実際は反逆者の人たちの名前だった。裏切りがあったとかそういうことではなく、反逆者たちは最初から最後まで反逆者だったのだ。単純に彼が間違っていたのだ。訂正するかひどく悩んだが、単なるうっかりミスとは思えなかったので彼に電話をした。

彼は激怒した。

「なんで俺を疑うんだ?」私の耳元で発狂した。「俺が政治のエキスパートだ。お前はただ俺の言うことをきいて学べばいい!」

私は図々しいことをしてしまったと思いひどく後悔した。すぐに謝罪をした。おばあちゃんから教わった通り、異論すべきではなかったと謝罪した。

当たり前だと彼は言った。それが最初の兆候だった。

2つ目の兆候は私が運転免許のテストに落ちたときに来た。恥ずかしくて誰にも言わなかったが彼には言った。私がいつも彼にやさしい言葉をかけるように、彼から慰めてほしかったのだと思う。しかし彼は、言った。

「そりゃそうだろ、運転は男がするものだ。遺伝子に組み込まれてる。女が1回で受かるわけないだろ。」

と、電話を切られた。その晩は何も勉強する気にはなれなかった。ベッドに座り、枕を抱きながら考えた。体格的に男と女に違いがあるのは理解できる。筋肉も男の人のほうがあるし、身長だって基本的に男の人のほうが高い。中にはプロの女性アスリートより強くて速い男の人もいる。それに関しては遺伝子が関係してくるのはわかる。しかし、それは運転免許のテストに関しても言えることなのか?

その後もいくつか重なった。例えば、ドストエフスキーの本は私には哲学的すぎるから数百ページ飛ばさないと読み終えることができないといわれた。また、髪の毛をお団子にしていた時に、おくれ毛を注意された。本人は髪を梳かしすらないのに。

私は何度も、地下室の手記を読んでいるけど、興味深いと思うこと、おくれ毛は耳にかければいいことを伝えた。

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「ほら、ぼさぼさじゃなくなったでしょ? 」

 そう言うと、彼は答えた。

「最近のお前はだらしがないな」

だらしがない?私が?

私はショックを受けた。

幼いころからおばあちゃんにしつけられたのに私は期待通りのレディになれなかったということ?

おばあちゃんにすぐに電話をした。最近あった出来事をすべて話した。おばあちゃんは親身になって聞いてくれた。

「悪気はなかったのよね。だけど男性は異論するような女に敏感だからそうするべきではなかったわ。」

彼女は思慮深くつづけた。

「自尊心について話したことあったわね。彼は否定されたと感じたのだと思う。男性は否定されることが嫌いだから。」 

男は自尊心を保つために女が必要なのだとおばあちゃんに昔言われたことがある。

そのとき、物心ついたときから崇拝していたおばあちゃんのいうことに初めて疑問が生じた。

「それじゃあ、わたしはどうなるの?」

そう経たないうちに彼から別れを切り出された。原因は私が重たくてしつこかったからだと言う。従順な私に飽きてしまったのだと思う。おばあちゃんがかけてくれた言葉はそんな素っ気ないものにとどまらなかった。眉をひそめつつも、レディとして優しい笑顔を絶やさず話を聞いてくれた。しかし彼女の言葉は厳しかった。私は彼女のルールが守れなかったのだと失望された。男一人すら満足にさせることができないのかと。私には努力が足りなかったのだとおばあちゃんは言った。努力が足りない?でも彼には重すぎるといわれた。ならそれは頑張りすぎたということではないのか?

まるでシャンパンのコルクを抜いた時のように私の中から疑問があふれ出た。おばあちゃんは私の努力が足りないといったが、彼は正反対のことを言っていた。なぜ私が彼の自尊心を守らなきゃいけないの?なぜ彼は髪の毛を梳かしすらしないのに、私のおくれ毛は許されないの?

なぜレディであると同時に意見を持ってはいけないの?なぜ?

自分を過小評価し、他の人に自分の行動を制限され続けると人はそれに慣れてしまい自分自身の人生を生きているはずなのに、他人の言動の奴隷になってしまう。私は他の人に馬のように手綱を取られ、相手の意のままに操られてしまう。そして、抗えば首を絞められる。少なくともおばあちゃんと彼からはそう感じさせられた。善意をもってやったつもりだろうけれど彼らは私に行きたくない道に進ませようとした。あの頃は知らなかった。そんな手綱を引きちぎり、自分自身の道に進めることを。

私は決してリーダーでも秀才でもない。これからもなることはないだろう。私は人見知りで消極的だ。これからもずっとそうだと思う。でも今はわかる。私にも意見がある。そして私にはそれを発する自由がある。

私は私で、それを誇りに思っている。

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海ほど流るる/どこであっても

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