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ヒル女の一夜

ヒル女の一夜

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471年生きてきた人生の中で、カルラ=ディビエロは数多の職業を渡り歩いてきた。少し例を挙げるとしたら公爵夫人、ピエロ、看護師、山賊、カジノでのディーラー、蛇油を売り歩く営業職、鉱員、貨物を取り扱う港湾労働者、女王、といったところか。こんなにも種々様々な経験を積み重ねてきた彼女にも弱点があった。カルラは、どうにも金の取り扱いには向いていなかったのだ。というのも、ほかの吸血鬼のように長期的な計画を立てて投資をし、その利金で生活をするなんて器用なことは三日坊主なカルラにはできなかった。いざ始めてみても二十年ほどしか続かず、気がつけば悪徳金融機関に大量の借金を積み重ねている、なんてことは幾度となくあった。こんな多様な仕事を渡り歩いてきた彼女にでも酌婦というのは吸血鬼はともかく、人間の歴史上類を見ないほど劣悪な仕事であることは明白だった。そんな彼女だったが、酌婦という仕事が向いているのは否めなかった。なんでそんな仕事を続けているかというと、今度は国税庁に対して160年も脱税していた分の返済義務を負っていたからだ。給料の六割が差し押さえされてはいたが、その代わり刑務所入りになることは避けることができていた。刑務所なんて入ったら吸血鬼の自分に何が起こるか知れたもんじゃなかった。

彼女の勤めていたレストラン、ウェット・キャットは制服なんてファミレスじみたものは置いていなかった。その代わり職員用トイレの狭すぎる個室の中で、まるで四世紀も生きてきた彼女が自分の服も選べないとでも思ったかのようにマネージャーが毎晩見繕って事務所に置いていく小さすぎるドレスに身を包むことになっていた。

今晩もそんな状況で、カルラは細くしなやかな体をその日の衣にねじ込み、衣服が十分に衣服としての役割を果たせているか見て取ろうとしていた。鏡がないせいで(あるにはあるんだが、もちろん彼女にはなんの役目も果たせていなかった)、しっかりと覆うべき場所を覆いきれていない状態で職員用トイレを後にしたことに数分後気づいたのは一度ではなかった。今日の黒いスパンデックスの紐なしミニドレスはまさにそんな過去のトラブルの原因になったようなものだった。ただの黒い鞘のようなものだ。恐る恐るチャックを締めた瞬間、短すぎるのが分かった。肌に張り付くそれをカルラはまず引っぱり上げ、そしてすぐに引きずり下げ、露出具合を鏡の中に浮遊しているドレスの張りで判断しようとした。エビぞりの如く背中を折り曲げ、体をくねらせ、絶妙な位置を探り続けた。もうどうしようもなかった。仕方なくバッグの中をまさぐり、黒いショーパンを引っ張り出した。それをそんなバカげたドレスの下に裾がチラチラとしか見えなくなるまで高く引っ張り上げた。デザイナーが見たらひっくり返りそうな恰好だったが、しゃがんだりドリンクを運んだりしなければいけない。それ以上手の施しようがなかった。

普段着が詰め込まれたバッグをこれまた小さすぎるロッカーにぶち込んでから、そそくさと職場に向かった。貧乏暇無し、ってやつか。

カルラのシフトが始まる1時間も前から営業を始めるキッチンは既にフル回転で、突き刺さるようなニンニクの香りが鼻の奥で業火の如く燃えていた。カルラは顔をしかめ、鼻をつまんだ。

そんなカルラを、巨体に加え、シェフも慄くほどの毒舌を誇るコック、サラはじっと見つめていた。ニューヨークの一流レストランからシカゴに移ってきてサラは、二つのポジションを一人でこなせる敏腕であることもあって、キッチンのエースとして名高かった。誰もがこの彼女がこのレストランには欠かせないことを知っていた。特にサラ。どんなことをしたって許されることから、サラの言動には容赦のかけらもなかった。カルラはそんなサラに気づかれまいと俯きつつ、道をふさぐホールスタッフの間を潜り抜けようとしていた。

「なんだよ、ヒル女のくせに血の気が無いじゃねぇか。ニンニクのせいか?」

カルラはその言葉に憎々しい視線で睨んでやった。サラなんて一瞬で喉を掻き切ってやれる。一分半もあればあのはじけんばかりの図体に流れる血を吸いきってやれる。そのことを忘れるな、と言わんばかりの睨みだったが、サラも、カルラ自身もそんなことはできないのはわかっていた。サラはただカルラが冷静さを失って暴れ、やがて仕事も自由も同じく失うことを見込んで待っていた。結局カルラの睨みはサラの嘲笑の前では無力だった。

「そうだ、きめぇんだよ、アバズレが。」カルラはサラに背を向けたままお盆を手に取り、また新しいシフトに身を預けるほかなかった。

金曜の夜はウェット・キャットの書き入れ時。音楽は騒々しく、店内は暗く、数少ない光源は、光が漏れないようにきつく絞られていた。カウンター付近は入り込む余地のないほどの人口密度であったが、ホールのほうはちょうど体を岩間に流れる水のようにして人と人の間の隙間を、盆の上に立つカクテルを一滴もこぼすことなく潜り抜けることができた。彼女の動きは超人的だったが、別に吸血鬼だからだとかじゃなくて、ただマジで優れたウェイトレスだっただけだった。

ベースの音が脈打つ中、白く煙たい光が彼女の肌を蒼白く照らした。自分たちのテーブルに近寄ってくる彼女を、二人の人間が恥ずかしげもなくジロジロと眺めた。カルラは白くとがった牙を黒いリップの唇の間から微かに見せ、慣れた営業スマイルを披露した。

「はい、ウォッカリッキー。」そう言いながら、彼女はほつれたスーツに身を包んだ細身の男にドリンクを渡した。「ブラッディ・マリー。」もう一つのグラスは青髭が目立つニルヴァーナのバンティー野郎。ウェット・キャットみたいなところでブラッディ・マリーなんて頼む男がどんなヤツだかたかが知れてる。

「ブラッディなんて聞いたら興奮しちまうんじゃねえか、嬢ちゃんよお?」ニルヴァーナ野郎はそう言い、ケタケタと笑った。カルラは顔色一つ変えなかった。こんなヤツのなんて朝飯前。昼飯でも夕飯でもいいけど。

カルラは「ウォッカリッキーには適わないかな。」と、愛嬌のある笑みで反論した。

男は特にめげることなく、腕をカルラの後ろに回し、腰をスリスリとさすり始めた。ただ、カルラのほうがはるかに経験値が高く、何事もないように一歩横に動いて彼の探りから逃れた。その身のこなしは神秘的ともいえるほどで、丸二世紀も女として男の世界に生きてきたことを象徴していた。

「またあとでね。」と二人にウィンクをサービスしてあげてから、人波に抗いつつキッチンへと向かった。飢えた狼のような視線が彼女の露わな肩に向けられているのを感じながら。

ホールから一歩店裏に踏み込んだ瞬間、さっきまで浮かべていた薄い笑みは消え、集めてきた空いたグラスを水槽の中にお盆ごと落とし込んだ。本当はラックの中に丁寧にグラスを並べることになっていたが、それ以上腕を上げることは筒状のドレスの上から胸が飛び出す危険が伴うのでそんなことはできなかった。いずれにせよ食器洗いはみんな国と文化によったら下着とも言えるような服で働く超絶美人なカルラに惚れ込んでいて、どんなことでも喜んで手伝ってくれたから問題にはならなかった。固いタイルにヒールを甲高く鳴らしつつ、カルラは新しくとってきたオーダーを通そうとデシャップに戻っていった。

キッチンに背を向けつつも、先ほどの変態男と同じように、サラの視線が体中を這いまわっているのを感じ取れた。それに対しカルラは顔をうつ向かせ、注文をタッチパネルに打ち込み続けた。あまりに決して振り向かないことに集中していたため、真紅の涙がほほを伝うまで、焼け焦げているニンニクの刺激臭に気が付かなかった。カルラは、サラに泣き顔を見られまいと振り向かないように黙って涙をぬぐった。

「あらま、臭いがきつすぎたかな?」なんてことを言うのはサラ以外誰がいただろうか。カルラは最後の注文を画面に叩き込み、新しいお盆とできたてのカクテルをさらい、その場を離れようとした。

「いやあね、どうにかこのヒル女のマンコの臭いをかき消さなきゃいけないわけでね。」

あるコックは顔をうつ向かせ、またあるコックはケタケタと笑った。顔を赤くする者もいた。ただ、カルラの味方をする者は誰もいなかった。カルラはまた目が血でにじむのを感じ、ホールに出向き、カクテルを運び続ける決心をした。

ホールでは何も考えることなく動くことができた。17世紀に頭をちょん切った、サラそっくりな女のことで頭がいっぱいだった。あの頃のほうが物事簡単で楽しかった。そう思ったが、MDMAとチーズバーガーのことを思い出し、近代も近代なりに魅力があるという結論に至った。ただ、どの時代でも同じなのは、人間はどうにかしてクズでいる方法を見つけ出してくることだ。チャンスがあるうちに全員食っちまえばよかった、とカルラは後悔した。

しばらくして、ニルヴァーナ野郎の隣のテーブルにドリンクを運ぶことになった。そいつから数十センチほどしか離れないところで、注意深く、こぼれないようにコスモポリタンを二つあるうちの一つをお盆から持ち上げ、低いテーブルにおろそうとしていた。コスモポリタン片手にテーブルの横にかがみ、巧まない自信に満ちたセクシーさを醸し出そうと全身の神経を研ぎ澄ませ、全身全霊を込めて均衡を保とうとした。すべての集中力が体を支える脚と、手の中とお盆の上に揺れるコスモポリタンに注がれていたため、背中にまたあの手を感じたときにはどうすることもできなかった。思いっきりしたに引っ張られるまで、チャックをつかまれていることに気が付けなかった。

元から小さすぎた衣服は、バネでも仕込まれていたかのようにカルラの前面から飛び跳ねていった。ㇵッと気づいたころには半分体をかがませ、カクテルを手に持ったまま上半身真っ裸になっていた。カルラはすぐにカクテルを手放し、手で胸を隠そうとした。テーブルとの衝突で粉々に割れたグラスの音にかぶさるように奇声を上げ、店内すべての人の注意を自分の剥き出しの老いない体引き寄せてしまった。真っ白な肌は暗い店内で灯台のように輝き、隠しようがなかった。どよめきはちらちらと笑いに変わっていった。カルラは黒いアルマーニのスーツを着た吸血鬼と目が合い、暫く見つめ合っていた。彼の視線は哀れみであふれていて、余計に恥ずかしさでカルラの白いほほを赤く染めた。数えきれないほどのスマホの画面が点灯する前で今や四角い布でしかないドレスをかき集め、胸に抑え、店内を震えながら見回した。あごが外れたかのように開いた口は何も言えず、やがて体に力が戻ったころに食器洗い場へと駆け込んだ。

安全であることを確認したカルラは、床にへたり込み、顔をうずめたドレスで真っ赤な涙をぬぐった。自分の肌と同じ純白の壁に溶け込んでしまいたかった。微かにニンニクの香りが漂ってきたのを感じ、一体どこに行けばいいのか、と悄然としてしまった。

顔を上げると目の前には食器洗いが一人たたずみ、彼女を見つめていた。四十代のメキシコ人だ。

「大丈夫ですぜ、カルラさん。泣かないで。」カルラはきれいなタオルを手渡してくれている彼の名前を思い出せないのが恥ずかしかった。カルラは鼻をすすりながら

「人間扱いしてもらえるにはどうすればいいの?」と完璧なスペイン語で尋ねた。

食器洗いは非の打ち所がない彼女のスペイン語に笑うしかなかった。

「いやぁ、そりゃわかんないね。わかったら、俺にも教えておくれ?」

今度はカルラが笑う番だった。

「でも、誰にもそんな姿見せちゃだめですぜ?そんな恰好じゃクビにされちゃいますぜ。」そう言い、食器洗いは持ち場に戻り、それからはカルラには一、二度ほどしか目をやらず食器を洗い流し続けた。

カルラは自分にうなずいた。食器洗いの言うことは正しいし、何より払わなければいけない金があるんだ。彼女は立ち上がり、床に触れてベタベタになったドレスでまた身を包み、食器洗いから受け取った布で顔をぬぐい、またホールへと出向いていった。いつかまた、女王になってみせるんだ。

 

Photos by Riko Matsunaga

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