Birthed in tokyo japan by an ambitious and unique group of individuals, bgu is a magazine promoting feminism, the lgbt movement, and self-love. 

一歩退いて

一歩退いて

読者数を減らしてしまうかもしれないけど、ある言葉を紹介することから始めようと思う。この言葉を聞いたらうんざりしたり、ムカついたりする人はたくさんいると思う。でも、そういう人にこそ伝えたいから、頑張って読んで欲しいな。「特権」について

もちろんこのトピックが対立を呼び起こすことは重々承知している。「お前は特権に恵まれている」なんて言われたら、自分が成し遂げたことが評価されていないように感じるかもしれないし、自分の素晴らしい功績が、人種、ジェンダー、性的指向、家系、見た目といった自分の意志とは無関係に手に入ったものによって穢されたと思うかもしれない。例え特権に恵まれていたとしても、その地位に昇りつめるまで一生懸命働いたから、特権による影響は大してなかったと思うかもしれない。でも今は君の特権についてどうこう言うつもりはなくて、他人の特権をどう見るかの話しをしたいからしばらく我慢して読み進めていってほしい。

よし、まず前書きが終わったところで、僕の大学時代にあったエピソードを紹介しようと思う。

僕は大学4年生のほとんどをパソコン室で過ごした。毎日何時間もパソコンの前に座っていて気が狂いそうな時、周りに耳を傾けることが癖になっていて、他人の会話を聞くことで正気を保とうとしていた。全ての授業が午前中にあることを嘆いている1年生、大学生活なんてもう慣れたと吹聴している2年生、そして成績なんてどうでも良くなってきている3年生。そんなたわいもない会話のうちの1つが、僕をやるせない気持ちにさせた、ガッカリで腹立たしい、特権についての話だった。

「でー。俺たち特権について書かなきゃいけないんだよね?」と、A。
「うん。」Bはつまらなさそうに髪の毛をいじりながら言った。
「女の特権が書きやすいんじゃない?」
「そう?」
Aは自信ありげに続けた。「女の方が男より得してると思わない?映画館には女だけ割引きしてもらえるレディースデーが毎週水曜日にあったり、女性専用車両があったり不公平じゃないかな。男みたいに通勤ラッシュの電車でもみくちゃにされずに済むんでしょ。まぁたくさんあるうちのたった2つの例だけど。」
Bは「ふうむ」とうなり、賛成も反対もしなかった。

その頃に僕は憤りが頂点に達し、耳にイヤホンを突っ込み、2人の会話を遮断した。もうそりゃあ彼らの会話に横から割り込み、メタメタに論破してやりたかったが、騒ぎを起こすようなことはしたくなくて、しまいには何も言わなかった。

今思えば2人が言っていたこと、信じていたことは、しょうがなかったのかもしれない。彼らの意見は社会やメディアや教育の影響によるもので、2人に100%その発言の責任を追及することはできない。できることは、もっと考えるべきことがある、と教えることぐらい。あの2人があれからもレディースデーや女性専用車両を女性の特権だと思って過ごしているのかもと思うと、その「もっと考えるべきこと」を教えてあげられなかったことを少し後悔している。だから2人がこの雑誌を見つけて読んでくれることを願って、これからこの2つの女性の「特権」について書こうと思う。

まず、知らない人のために説明しておくと、レディースデーとは多くの映画館で取り入れられている、主に水曜日に設けられている女性がチケットを通常よりも安く買える日。そして、女性専用車両とは、朝の通勤ラッシュの時間帯に設けられた、女性だけが使える電車の車両のことだ。

本題に入る前に、「特権」とはどういうものなのかを明確にしておかなければいけないと思う。特権とは自分の意思とは関係なく特別に与えられた他人よりも有利なもの、他人には与えられないのに自分には与えられるもの。例えば、なんの気なしにコンビニで買い物してたら、なんか抽選会が催されてて、訳も分からずくじを引いたらなんか知らないけどパソコン当たっちゃった!っていうすごくラッキーな状況。別にパソコンが欲しかったわけでもないし、何かを特別にもらおうとしてコンビニに行ったわけでもないのに、なんかわかんないけどパソコンが手に入る。特権に恵まれるってこんな感じ。知らず知らず与えられていることが多いんだ。この定義を聞いて、あの2人の学生がレディースデーや女性専用車両が女性の特権だと思ったのは間違っていないと思うかもしれない。女性は別に求めていなかったのに、映画のチケットを安く買えたり、他と比べるとあまり混雑していない車両に乗れるようになった。ただ、これだけだと全体像を捉えることが出来ていないんだ。

レディースデーの話をするときは、もっと物質的な考え方をしなければいけない。レディースデーは女性が得をするように作られた日じゃなくて、映画館が利益を求めて作った日。映画館は女性が好きだから割引きしているのではなく、女性の方が男性に比べて大人数で映画館に行くことが多いという統計に則って作られたマーケティング戦略の一つなんだ。さらによく考えてみると、レディースデーは社会人なら普通働いている水曜日の事が多い。どういうことかというと、この戦略は、女性は平日に2時間の映画を見る時間があるという仮定の上に築かれていると考えられる。言い換えれば、レディースデーの裏には女性は平日に働いていないという前提があるということ。現状、女性は男性と同じようには雇用されていない。男女ともに平等な教育を受け、同じ能力があるのにも関わらず、女性は結婚し、家庭に入るという社会的なプレッシャーがある。こんな考え方の上にレディースデーは築かれていて、こんな考え方をレディースデーは助長している。そんなものを特権と呼べるのだろうか。

次に、女性専用車両。女性専用車両のことを特権だとか言っている人がいる事にはもう開いた口が塞がらないよ。どうしたもんかね。女性専用車両はもともと、混雑した電車の中での痴漢被害への対応策として作られたはずじゃない?応急処置みたいなものだけど、女性が安心して通勤するという本来みんなが持つべき権利を保証するために仕方なく導入されたもの。女性専用車両を女性の特権だと思っている全員に言いたい:男が痴漢しなくなれば女性専用車両なんていらなくなるだろ!「男だって痴漢に遭う事があるじゃないか」と言う人が出てくるかもしれない。それには同意せざるを得ないが、女性の痴漢被害率は男性のそれの比にならないほど高いんだ。ウートピが2015年に行なった1563人の女性を対象にしたアンケートでは、66%もの女性が痴漢被害を受けた事があると答えた。じゃあ、男性の統計はどうだろう。めっちゃ探したよ?そりゃすごい探したさ。でも探しても探しても男性の痴漢被害の統計は一つも出てこなかった。被害数が統計を取るまでもないほど少ないといえるんじゃないかな。決して男性の痴漢被害を軽んじるつもりはない。でも、女性専用車両が男性専用車両よりも必要性がある事は分かると思う。それと、なんとなく「1番大事なのは、男に女を痴漢しないように教育する事であって、女性専用車両を作っても意味がない!」っていう声が聞こえてくるからそれについても話そうと思う。その論理でいくなら、教育が解決するから、刑務所を廃止しても良いって事になっちゃうけど、それはできないよね。そりゃあ刑務所も女性専用車両もそもそも必要なければ最高だけど、それが難しいことは言うまでもないと思う。この全てを考えてみたら、女性が痴漢されないで通勤するという基本中の基本の人権を守るために作られた女性専用車両を特権と呼ぶのは、公平、論理的、道徳的だといえるだろうか。決して言えないと思う。

自分が持っていないものを他人が手に入れていると知った時、不公平だと感じるのは自然なことだし、そのように感じることは決して悪いことだとは言わない。そんなことを言い始めたら自己矛盾の塊になる。ただ、何に不満を持っていて、その不満をどこに向けるかに注意しなければいけない。そして、誰かが不公平に得をしていると決めつける前に、なぜその人たちが自分には与えられていないものを与えられたのかを考えてみると良い。そこには何か理由があるかもしれない。一歩退いてみたら、きっともっと広い視野で世界が見えてくる。

訳:津田ミリアム

ヒル女の一夜

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